2000年5月2日公開

侵攻


2.洞窟内部

「回りに道らしき物は見当たらない… と言う事は、この穴に落ちるしかないか…」
全員が息をのむ。揺るがない決意を揺るがせるほどの恐怖感が、この穴にはあった。
「ここで止まってても意味がねぇ… い、行こうぜ」
デルタの言葉に、みんなは恐怖を押し殺してうなずいた。
「よし、せーので飛びこむぞ。…せーの!」
全員が一斉に穴の闇へと吸い込まれていく。

穴に落ち始めてしばらくした頃。初めに異変に気付いたのはラムダだった。
「な… 何だ?」
ラムダに体に、大蛇の様な形をした物体がまとわりついてくる。しかもそれは穴の底に進むにつれて、どんどん増えて来ている様だ。ラムダが警戒すると、突然その物体がラムダの体にからみつき、締めつけようとしてきた。ラムダはそれを振り払い、上から続いて落ちてくる隊員達に声をかけた。
「おーい! この物体に捕まらないように気を付けろ!」
しかし、既にその警告は遅すぎた。
「だ、駄目です、リーダー! 既に全体の5分の1が、あの物体に捕まりました! 完全に巻きつかれて、もう…」
「くそぉ…」
ラムダは悔しさをこらえ、穴を落ちて行った。しばらくすると底に到達した。幸いな事に、穴の底は柔らかく、激突による負傷者が出る事はなかった。
「みんな、無事か!?」
「はい… あの物体に捕まった以外の、残り約40人は…」
「………よし…、行こう…」
ラムダ達は歩き出した。その部屋は急な下り坂が多く、全員が慎重に降りて行く。急な坂に加えて柔らかい床がさらに歩きにくさを倍増させ、みんなの足は棒になっていた。
「ここらで少し休むとするか…」
ラムダはあまり坂が急ではない場所を見つけ、そこで休憩を取ろうと提案した。みんなはこの言葉を待ち望んでいたかのようにぐったりと座り込んだ。

十数分が立った。そろそろ体力も回復してきた頃だ。ラムダはすっと立ちあがり、隊員達に出発の合図を送ろうとした。が、その時…
「ぎゃああぁぁぁあぁ!!!」
後ろの方で叫び声が聞こえた。驚いたラムダが素早く振り返ると、遥か向こうから液体が流れ出していて、それに気付かずに液体に触れた隊員の体から煙が出ていた。
「な…なんだ!? どうした!」
「ぐあああ…… に…げろぉぉ−−−!!」
ラムダが大声で叫ぶと、その隊員はそれだけを言い残して液体の中に倒れた。それを見た他の隊員が、異変に気付いた。
「と… 溶けてる…!」
そう、倒れた隊員は、液体に触れている部分が徐々に溶けてきていたのだ。
「何ぃ!? おいラムダ、あの水に触ったら体が溶けるらしいぞ!」
「みんな、こっちに逃げろ!」
みんなは液体とは反対方向に逃げ出した。液体の流れる速度は速く、逃亡中にも後ろの数人が飲みこまれ、溶かされた。みんなは全力で走り続けた。すると、向こうに壁が見え、その上空には出口らしき穴があいていた。しかし、その穴に這い上がる者はいなかった。壁がほぼ垂直な上に、この部屋全体が柔らかいせいで全く足がかりがないのだ。
「くそ…! ここまでか…」
半ば諦めかけたラムダが壁に背を向ける。坂の上からはとめどなく溶解液が流れ出ていた。既にラムダを始め、ほとんどの者が諦めかけていた。
「…まだ諦めないで下さい! 方法はあります…!」
不意に、隊員の一人が言った。ラムダは少し驚いた顔でその隊員を見つめた。
「…どういう方法があるんだ?」
「…我々を… 踏み台にして行くのです」
「何だと!?」
決意をしたような口調で言う隊員の予想しえない言葉に、ラムダは思わず大声をあげた。
「俺に… リーダーの俺に、お前らの頭を踏んで逃げろってのか!? ふざけるな!」
「…そんな事言ってる場合じゃねーんだよ馬鹿野郎! 村で待ってる奴らを絶滅させたくなかったらとっとと言う通りにしやがれ!」
隊員の決意は強いらしく、ラムダはその隊員に圧倒された。ラムダがうなずくと、戦闘能力の最も低い者が一番下に、それから低い順に上に連なっていった。穴まで到達すると、今度はラムダを筆頭に戦闘能力の高い者から順に穴に逃げて行った。最後の一人が上り終えた時、穴の下から悲鳴が聞こえた。踏み台になった隊員たちの断末魔の声だ。
「…必ず“知識の空間”にたどり着くからな…」
死んでいった者達に語りかけるようにつぶやいたラムダは、生き残った隊員たちと共に奥に進んで行った。