2000年5月2日公開
侵攻
3.最終防衛軍
あれからどれくらい歩いただろうか。溶解液のトラップを抜けた後、ラムダ達はひたすら歩き続けた。ただの道ではない。360度あらゆる方向にうねり曲がった道だ。しかも、やはり全体的に柔らかい。ラムダ達は体にムチをうって歩いた。
「おい…ラムダ…… 一体…どこまで歩くんだ…」
疲れ果てたデルタが、隊員の誰もが思っていた事を言った。
「ハァ…ハァ… つ…着いたぞ…」
そう言ってラムダが座り込む。隊員たちも一斉に座り込んだ。ラムダが着いたと言ったその場所は、他の場所よりもひときわ柔らかい材質で出来た空間だった。
「リーダー… 一体、ここで何を…?」
「この一番柔らかい部分に穴を開けて、中に入るんだ。そうすれば、“防衛の水路”に出るはずだ… 資料にそう書いてあった」
そう言うと、ラムダが内ポケットから何か黒い物を取り出した。そして、その物体からピンの様な物を抜き取り、素早く壁に投げつけた。
「みんな、伏せろ!」
ラムダがそう言った時…黒い物体からまばゆい閃光が放たれ、次の瞬間に熱風と爆音、そして黒煙が飛び出した。
「…手榴弾!」
「あ、あぶねー… ラムダ、やるならやるって言えよな…」
「悪い悪い…」
そう言ってラムダが立ちあがろうとした時、右側から何やら声の様な物が聞こえてきた。何かの生き物が近づいている様だ。しかも、1匹や2匹ではない。何百匹…いや、何千匹はいようかと思える程の無数の影が近づいてきたのだ。
「何だ、ありゃあ!?」
「…まさか、今の爆音を聞きつけて…?」
「みんな、今開けた穴に入るんだ!」
隊員達は素早く穴に入って行く。しかし猛スピードで近づく影は、最後の数人の侵攻を許さなかった。その影は異様な姿をしており、その体全体から恐怖感をつむぎ出していた。
「リーダー! 先に行ってて下さい。我々もすぐに行きますから」
「でも…」
自分はリーダーとして、仲間の命を守らなければならない。それなのに、溶解液のトラップでは守るべき仲間の頭を踏んで助かってしまった。ここであの仲間を見捨てたら、また同じ事を繰り返す事になるのではないのか。ラムダは即断できなかった。
「ラムダ…しょうがねぇよ… 今は進むしかねぇ………俺達の種族を絶滅させたくなかったらな」
「……わかった……」
ラムダは振り返り、走りだした。心の中で謝りながら。後ろで小さい悲鳴が聞こえた。それでも振りかえらずに走り続けた。
しばらくすると、すさまじい速さで流れる川を見つけた。辺りに道らしき物は見当たらない。とすると、これが“防衛の水路”と言う事か。
「みんな、気を付けろよ… よし、行くぞ………せーのっ!」
全員が一斉に激流に飛び込む。そのすさまじい流れの速さは、泳ぎのうまい者でも気を抜くと沈めてしまうほどだ。ラムダが沈まない様に注意を払いながら後ろを振り返ると、既に数人の仲間の姿が見えない。もう残りの隊員は10人ほどになっていた。
「侵入者発見! 侵入者発見!」
この激流にも少し慣れてきた頃、突然激流の中から声が聞こえた。
「誰だ!?」
デルタが叫ぶと、激流の中から1匹の生物が現れた。
「あなた達、侵入者ね。私はファージ… 防衛軍の偵察係よ。同時に特攻部隊でもあるの」
そう言うと、突然ファージが襲いかかって来た。水中での動きに不慣れなラムダ達は、ファージの攻撃を完全によけきる事ができない。そのうちファージのターゲットが、この中で最も戦闘能力の低い隊員に絞られた。
「決めた… あなたのデータを頂くわ」
「データ!?」
「そう、データよ。あなたを気絶させて、あなたの体を持って行くの」
言い終えるが速いか、ファージの拳は的確に急所をついていた。
「が………」
気を失い、ぐったりする隊員。ファージがそれを抱えようとする。
「待て、ファージ! お前にプレゼントがあるぜ!」
そう言ったデルタは、ポケットから黒い物体を取り出し、ファージに投げつけた。と、次の瞬間、閃光と共に爆音が響いた。
「デルタ… お前も手榴弾を持ってたのか」
「ああ、防水処理をしてあるからお前のよりちいせぇ威力だけどな」
ファージ達は煙に包まれたが、激流に流されているのですぐに黒煙の中から姿を現した。手榴弾に直撃したファージはだいぶ弱っている。これなら、もう放っておいても勝手に沈んで行くだろう。だが、弱りきっているはずのファージは、不適な笑みを浮かべていた。
「やるわね…あなた達…… でも、もう手遅れよ… あなたの仲間は、必ず我々のもとに連れて行くわ…」
そう言うと、ファージは上を見上げた。
「ヘルパー…! 後は…頼んだわよ…」
ファージの見上げた所には、腕組みをして鋭い目でこちらを見下ろす男がいた。ヘルパーと呼ばれた男は、黙ってじっとこちらを見つめている。いや、その視線は全員ではなく、先ほどファージにやられた男に向けられているように見える。
「…しまった! 奴は、俺達を分析してるんだ!」
ラムダが気付いて叫ぶ。しかし、気付くのが遅かった様だ。ヘルパーはゆっくりと口を開いた。
「その通り。私は相手を見つめるだけで、その人物の大体のデータを読み取る事が出来る。先ほどのファージとの戦闘もだいぶ参考になった。さぁ、分析完了だ。我々の力を存分に味わってくれたまえ」
言い終わると同時に、ヘルパーがラムダ達に向かって腕を振り下ろした。すると、ヘルパーの背後から数人の男が現れ、ラムダ達に急降下して行った。その姿形はヘルパーに似ているが、彼らの方がたくましく、槍も持っている。どうやら戦闘が得意の様だ。
「へへへ… 俺等は最終防衛軍の戦闘部隊、キラーだ。今まで、てめぇらみてーなクズどもを何億匹とぶっ殺してきた!」
そう言いながら、キラーはラムダ達に襲いかかった。さすがに槍の扱いには慣れ、ラムダ達はおされていた。
「オラァ、動きがとれぇんだよぉ!!」
「ぐぁああ!!」
仲間の一人が槍で刺された。だが、彼は力を振り絞って、体に刺さった槍にしがみついていた。
「クズ野郎、放しやがれ!」
「へっ… お前らの武器である槍を奪っちまえば、少しは楽になるってもんだ…」
そう言うと、彼は槍を奪われうろたえているキラーの急所に一撃を食らわせ、手を放させた。そして最後の力を振り絞ってデルタに奪った槍を投げ渡した。
「…デルタさん…っ…!」
槍が彼の手を離れた瞬間、彼は激流の中へと姿を消した。デルタは仲間から投げ渡された槍を、その遺志を受け継ぐかの様に強く握り締めた。
「へへへ… てめぇら、なめるなよ… こっちだって戦闘のプロを集めてんだ…!」
デルタは槍を振り回し、周りに群がっていたキラー達をなぎ倒した。パワーファイターであるデルタが武器を持てば、まさに鬼に金棒だ。デルタは自慢の腕力を生かし、次々とキラー達の体に風穴を開けていく。そして、力の抜けたキラーから槍を奪っては味方に槍を投げ渡していった。
デルタが言った通り、今ここに残っているのは戦闘のプロだ。ラムダ達は持ち前の戦闘能力で、既にこの激流に慣れていた。槍を受け取り、やっと互角に戦う事が出来る様になった。
「おい、ヘルパー! ベータ達はまだなのかよぉ!?」
あせり始めたキラーの一人が、ヘルパーに問いかけた。
「慌てるな、キラー。さっき、兵器のカスタマイズ完了の連絡が入った… もうすぐサプレッサーが連れて来るはずだ」
高見の見物をしているヘルパーがそう答える。と、その時………ヘルパーの後ろから声が響いた。
「ヘルパー! ベータ達を連れて来ました!」
「来たか… サプレッサー、ベータ。今の状況は………」
上の方で、サプレッサーと呼ばれた者がヘルパーと何かを喋っている。ここからではサプレッサーとベータの姿を確認する事は出来ない。
「………という訳だ。サプレッサー、お前は通常通り戦闘状況の監視をしろ。ベータ、用意はいいか?」
「はい!」
上から聞こえたベータと呼ばれた者の声は複数だった。一体何の用意が出来たと言うのか?
「待てよ… さっき、“兵器”って言ってたな… ま、まさか…」
ラムダは嫌な予感を感じた。
「行け、ベータ! 侵入者達を殲滅して来い!」
「了解!!」
言い終わると同時に、ベータと思われる生物が降りてきた。しかし、大勢で攻め込んで来るのかと思いきや、降りてきたのはたったの2人だけだ。
「2人!? おいおい、俺達を甘く見過ぎなんじゃねーのか?」
デルタが言う。
「待て…、あいつら何か持ってるぞ!」
ラムダが気付く。確かにベータは、片手に何か黒い筒の様な物を持っていた。
やがてラムダたちのいる激流にたどり着いたベータは、その黒い筒を腰にぶら下げた銃のような物に装着した。
「初めまして、侵入者さん。我々はベータ… 防衛軍の最終戦闘部隊です」
そう言いながらベータは銃をかまえ、言い終わると同時に銃を発射した。銃声はせず、銃口から光の筋が一本の直線を描いただけだった。しかし…
「ぐあ………」
短い悲鳴がラムダ達の後ろから聞こえ、すぐに消えた。ラムダが振り向くと、仲間の一人の体が崩壊していく所だった。
「なっ……!?」
「すごい破壊力でしょう? あなた達のデータを元に、あなた達専用にカスタム化された兵器ですからね。あなた達の体の分子を破壊し、原子にまで戻す事くらいは可能です」
ベータは、得意そうな表情を浮かべながら話した。
「くそぉ! 皆、大丈夫か!?」
ラムダは仲間の安否を確認するために叫んだ。しかし…
「おう!」
と言う、デルタの声以外は何も聞こえなかったのだ。激流の轟音が、仲間の声を掻き消したのか? いや、そうではなかった。嫌な予感を感じつつ後ろを振り返ったラムダの目には、デルタの姿しか写らなかった。
「おやおや… 気付かなかったんですか? 既にあなた達2人以外は全滅しているという事に」
ラムダの中で何かが切れた。一瞬、ラムダの心の中から全てが消滅し、直後「殺」の一文字だけが浮かんだ。
「デルタ! 槍だ…奪った槍を全て集めるんだ!」
ラムダが激しい口調でデルタに指示を下す。デルタはそれに従い、白銀に光る槍を全て集めた。
「ははは、無駄ですよ…あなた達が何をしても。我々にはこの兵器があるんですから」
「黙れ。見てろ、最終防衛軍の防御を突き破ってやる」
ラムダは、そう言いながらデルタが集めた槍を全て持った。
「黙るのはそっちです。この兵器で、あなたの全てが原子に戻る事でね!」
ベータが兵器の銃を放つ。銃口からは光の直線が走った。しかし、その光が捕らえた物はラムダではなく、ラムダの持つ槍の束だった。
光の線は白銀に輝く槍に反射し、そのままベータに向かって線を引いた。
「うがああぁぁぁあ!」
よける暇など無い。ベータは光の線に触れ、悲鳴を上げた。いくらラムダ達専用にカスタマイズされた物とは言え、その基本的な攻撃力は誰に対しても変わる事はない。放っておけば、そのうち沈んでいくだろう。…と、その時…
「危ねぇ、ラムダ!!」
ラムダの右から叫び声が聞こえた。とっさに振り返ると、残ったベータとデルタが互いの腹を槍で突き刺していた。
「デルタ!?」
「き…気にするな、俺の事は…。お前は、“知識の空間”へ行けばいいんだ…」
デルタはそう言って微笑むと、ベータと共に激流の中へ消えていった。
「な… 最終防衛軍が…破れただと!?」
「そんな、我々が…」
上から、ヘルパーとサプレッサーの絶望の声が聞こえる。ラムダは槍を握り、素早くヘルパー達の前へ移動した。
「……!」
「お前ら… 戦闘能力は低そうだが、俺達の仲間を全滅させたのは確かだ… 死んでもらうぞ!!」
直後、その空間に2つの悲鳴が響いた。
ラムダはそのまま激流に身を任せた。他に道がなかったからだ。しばらくすると、“防衛の水路”の幅が狭まり、流れが穏やかになってきた。同時に、辺りに川辺の様な物が現れ始めた。川から上がると、そこは広い空間になっており、周りはピンク色で、柔らかい物質で出来ていた。
ラムダには、この空間に見覚えがあった。実際に見たわけではない。「資料」で見たのだ。という事は…
「やった… ここだ…! ついに…ついに俺は… “知識の空間”にたどり着いたんだぁぁ!!!」
2090年 10月29日 23時30分。
寄生虫「ラムダ」 …人体の脳に到達。
感想をくれたらうれしいです。